昨日の続き
団塊世代の多くサラリーマンらが定年を迎え始めようとしていつが、
老いを美しく生きる方法と、「きざ」な生き方を提唱する
老人が第一線を退く時の美学のいい例が、朝鮮戦争開始後に
トルルーマン大統領から罷免されたマッカーサーGHQ総司令官が
退任する際に演説した「老兵は死なず,消え去るのみ」という言葉。
人前でこういう演説ができる老人はかっこういい。
老人はきざでなければ。最近。きざな老人が減ってきた
老人ノイメージは、昔から老醜とか、老残と言って醜いkぁら姿をさらさないという
イメージがあったけど、日本の老人ももう少し、きざであっていい、髪の毛が白くなり、
肌にしわが寄ってきた時にこそ、暗く地味な服でなく、赤、緑、黄などの服を堂々と着る
べきだ。
老い美学を実践した理想の人として江戸時代に最初に日本地図を作った伊能忠敬を挙げる
忠敬は五十歳を過ぎてから日本列島を歩き、地図を作る大きな仕事をした。
当時、五十歳といえば、今の七十歳ぐらい、年を取ってもやりたいという意志があれば、
偉業も成し遂げられる。
老人の鏡です。だから、複製ですけど、忠敬の地図を一番の宝物にしています。
面相筆を使い、地名や地形が精密に書かれた日本列島は実に美しい。
人生の有終の美を飾った忠敬の生きざまと重なりますよ。
(紙山直泰)

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